最先端研究探訪 (とくtalk138号 平成22年1月号より)

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疾患酵素学研究センター センター長
木戸 博 きど ひろし

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日本唯一の酵素学研究センター
世界の拠点を目指して!

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ここに新型インフルエンザの研究の最先端が

国内唯一の酵素学研究拠点となる同研究センター。日本トップレベルの研究力と長い歴史を持ち、国からの依頼を受けて最前線で取り組んでいるのが、ちまたを騒がせている新型インフルエンザです。この取材の時点(昨年10月)では、やっと医療関係者にワクチンの接種が始まり、一般の人まで行きわたるのは2月になるかもしれないとニュースで言っていますが、さてどうなることやらと心配しながら原稿を書いています。

同センターがインフルエンザの研究をしているのは、酵素学が専門だからです。酵素はタンパク質の一種で、触媒の役目をしている生命活動の基本分子です。ですから病気の原因と治療法を解き明かすために、酵素の研究が不可欠となっています。インフルエンザの病原体はたった8個の遺伝子しか持っておらず、自らを繁殖させるためには、人や動物の酵素を借りなければならなく、この酵素の研究で重症化の仕組みや治療法がわかってくるのです。 同センターには国内はもちろん、世界中から最新の情報が寄せられ、また逆に海外の大学や研究所に情報を発信しながら、グローバルな研究を進めています。

では世界中を騒がせている今回のインフルエンザの、実態はどうなのでしょうか?

センター長の木戸先生は、「新型と言っても従来のインフルエンザと大差はありません。きちんとした予防や治療を行っていれば恐れるものではないのです。マスコミや医療関係者でさえも間違った情報を伝えていることがあり、混乱させています」と言います。一部死者が出ているのは、体質や他の病気との合併症による場合がほとんどで、やがてはこの新型も普通のインフルエンザのひとつになるそうです。

ただ現在のワクチンは感染を防ぐのではなく、肺炎など病状の悪化を防ぐ程度のもの。また国内でワクチンを作る大手の医薬品メーカーがないことなどの問題もあります。さらに抗ウイルス薬のタミフルはウイルス量を減らす効果がありますが、ウイルス量が減ったために次の感染を防止する鼻粘膜の抗体ができにくい欠点を持ちますが、免疫増強作用を併せ持つ抗生剤のマクロライドと併用して飲むと改善することを最近発見しています。

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新たなワクチンや治療法の開発のために

将来のために、同センターでは新しいワクチンや薬の開発研究を進めています。そのひとつが、現在の皮下注射接種に代わって、鼻へ直接スプレーするワクチンです。注射だと抗体が血液中にしかできず、肺炎になってウイルスと血液中の抗体が直接触れるようになってから効力が出てきますが、スプレーでへんとう腺にワクチンを直接吹きかけることで鼻水の中に抗体を作らせると、予防効果は万全で早く効果を発揮します。これなら接種もスピーディで、ひょっとしたら家庭でも出来るかもしれません。しかしながら医薬の認定には、治験など時間がかかることもあり、実用化にはまだ数年かかるとのことです。

実は1992年、インフルエンザが感染する時に不可欠な体内酵素を世界で最初にこのグループが発見しています。さらに本年、強毒性鳥インフルエンザの感染に不可欠な体内酵素も同センターで発見しました。

現在、木戸先生の元には世界中から、問い合わせや講演の依頼が来ています。 「どんなに忙しくても、それが病気を減らす役に立つのなら、なるべく時間をとって出かけていくようにしています」

年間数億という予算が国から下りてくる同センターの存在は、インフルエンザなどの感染症をはじめ、様々な疾患の原因を解明し、その予防法や治療法を開発していくまさに日本の医療の最先端の研究所です。

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人のため、医学のための酵素学研究を推進

同グループの研究の大きな成果に、世界初の高感度アレルギー診断チップの実用化があります。

現代ほどアレルギー患者の多い時代はないと言えるかもしれません。その数は国民の3割、しかもその原因は多種多様で、ほとんど個人差と言えるほどです。これを赤ちゃんがお腹にいるときからわかるようにしたのが同チップです。また臍帯血から、生まれたばかりの赤ちゃんに、将来どのようなアレルギーが出てくるかを予測することも出来るようになりました。

お母さんから遺伝で体質を引き継いでも、お母さんが食事に気をつけて、赤ちゃんのアレルギーの原因となる物質をとらないようにして母乳を飲ませれば、防げるというのです。

このようにすぐに医療の現場で役立つ高度な研究をモットーとして、同グループの研究員は学内にとどまらず、世界中に出かけて最先端の研究を進めています。「今回の新型インフルエンザの研究でも、WHO(世界保健機構)から直接協力を求められています。日本の医学の発展のために、同センターが世界の研究拠点となるようにがんばっていきます」と語る木戸先生。案外、このような素晴らしい研究機関が我が大学にあることを知らない方も多いのですが、日本の最先端研究センターとして誇るとともに、世界の最先端としてますます期待が高まります。

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「酵素学を教えてくれた3人の恩師」右から
Bernard L. Horecker(5単糖リン酸化経路の確立に貢献した酵素学の大家)、
勝沼信彦(プロテーゼ研究に貢献、紫綬褒章受賞)、
Severo Ochoa ( コドン発見者の一人で、RNA 合成に関する研究で1959 年ノーベル医学生理学賞受賞)

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木戸 博氏のプロフィール

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  • 1947年 新潟県生まれ
  • 1973年 弘前大学医学部卒業
  • 1977年 徳島大学大学院医学研究科修了
  • 1979年 米国ロッシュ分子生物学研究所研究員
  • 1981年 徳島大学助手(医学部附属酵素研究施設)
  • 1989年 徳島大学助教授(酵素科学研究センター)
  • 1993年 徳島大学教授(酵素科学研究センター)より現職
  • 1993年 国際蛋白質分解酵素学会 会長(2009-2012年)

[取材] 138号(平成22年1月号より)

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