最先端研究探訪(とくtalk177号 2019年10月号より)

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抗体や核酸を用いた脳に効く薬の開発を目指す次世代型「脳関門創薬」

脳には関所があり、物流を操る番人がいる!?

立川 正憲

認知症やパーキンソン病、うつ病や統合失調症など、こうした脳の病気の治療のために、脳に効く薬の研究が、国内外で盛んに行われています。「30年後には2人に 一人は脳の病気にかかる時代が来 るかもしれない」という立川先生。
にも関わらず、脳の薬として期待されている抗体や核酸のほとんどは 、「脳に届いていない 」 (Pardridge et al., Pharm res 24:1733-44<2007>)という衝撃の事実が! 「脳へ思い通りに薬を届けることが、目下、最大級の難問です。現代の技術をもってすれば、ヒトiPS細胞などを用いて、どんどんいい薬ができてくるはずなんですが、薬ができても脳に届かなくては意味がない。実際に、試験管内の実験から脳に効くと予測し ていても、ヒトの脳では必ずしも同じ効果が得られないこともある。その理由は、脳には"血液脳関門"と呼ばれる『関所』があるからです。この関所には、薬のような異物の通過を拒み、脳にとって必要な栄養などはどんどん通すといった"物流システム"があるわけです。つまり関所には番人がいて、この番人が何を通して、何を通さないのかを決めている(脳関門のイメージ図参照)。そこで、番人の性質を理解し、番人の性質に合うような薬を作れば、脳に薬を届けることができるだろうと。
このような仮説に基づき、脳に薬を届ける方法から逆算して薬を生み出すことを、私たちは"脳関門創薬"と呼んでいます」。
関所の性質を利用すれば、これまで脳の薬として使われることのなかった抗体や核酸などでも、新しい薬を作ることができるのではないか...。「次世代型」といわれ るのは、こうしたこれまで難しいといわれていた抗体や核酸を使った脳に効く薬への挑戦を表しています。


「新設の研究室は先輩がいないので、他の研究室の先生や
先輩を頼っていろいろ教えてもらいました」という佐藤さん。
研究室のルールなどもこれからみんなで築き上げていくそうです。

脳関門のイメージ

研究室開設1周年
それぞれが取り組む研究


顕微鏡をのぞく平木さん。iPS細胞の研究がしたいと、
熱烈にこの研究室を志望したにもかかわらず、
当初、細胞をうまく培養することができず、
「失敗の理由も分からなくて、心が折れ そうになりました」。
今は元気です。

実は立川先生が徳島大学に来られたのは昨年の9月。取材日がちょうど研究室開設1周年ということもあり、この研究への理解を深めるため、取材のため集まっていただいた学生のみなさんにお話を伺いました。
泰井さんが取り組むのはクレアチン脳欠乏症に関する研究です。この病気を例えていうなら、関所の門を開けられない番人のせいで、脳のエネルギーを蓄える働きをする栄養素が、減ってしまうというもの。開かずの門の代わりに、別の門から通してもらおうと、別の門を通る栄養と似た構造の薬を創ろうと試みています。
これが本当に脳に届くかを試すため、iPS細胞を使って、関所の再現モデルに取り組んでいる平木さん。佐藤さんは同じ細胞を使って、立体的な血管構造を作り、それぞれが作ったパーツを併せて、試験管の中で脳の関所を再現して行う実験「三次元モデル」を取り入れ、検証を行っています。
3人が力を合わせて行うこの研究は、薬の設計図はほぼできていて、実用化にもっとも近く、期待を寄せています。
次に木下さんが行っているのは、がん細胞に学ぶ関所の通り方。
「がん細胞は賢くて、偵察隊をナノサイズのカプセルに詰めて体のあちこちへ送り、自分がこれから行く先の環境を整えるといったようなことをやっています。がん細胞がどうやって関所を騙し、カプセルを脳に届けているのか。その仕組みを学べば、同じように薬をカプセルに詰めて、脳に届けることができる可能性があります」。
大野さんはみんなと逆のアプローチで、病原体を脳から外に出す方法について研究しています。
「アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患は、病原性タンパク質というよくないものが脳に溜まる病気です。溜まった病原性たんぱく質が外に出る道があるか、出してくれる番人を探したり、脳関門自体を活発化する薬が見つかったりすれば、病原体が溜まらないようにできるかもしれないと考えています」。
最後に網藤さん。これまであまり注目されてこなかった中分子が、脳の薬として有用ではないかと考え、アミノ酸が繋がってできた環状ペプチドに着目。「抗体などの高分子を使った薬は、標的とする場所に対して効き目がありますが、免疫原性といって本来体の中になかった抗体を作るという問題が生じることもあります。小分子はその心配がない代わりに、ターゲットを狙い撃ちしにくい。 中分子なら両方のいいとこ取りが できます」と、中分子の輸送に関わる番人を探しています。
現在、次世代型「脳関門創薬」は、立川先生が中心となり、学内の有機化学や抗体生産工学、生化学、脳神経学の専門の先生と共同で、徳島大学の研究クラスター事業として研究を進めています。こうした研究が今後どのように展開するのか、動向に注目が集まります。立川研究室では、中枢創薬に新たな歴史を創る研究に、学部や研究分野を超えて一緒に挑戦してくれる学生さんを求めています。

次世代型「脳関門装薬」


「立川先生はみんなのお父さんみたいな存在」という声に、
「お兄さんじゃないの ?」とツッコむ先生。
「教授というと近寄りがたいイメージもありますが、
立川先生は話しやすい」のだとか。 帰り際に鉢合わせると
1時間くらい立ち話してしまうこともあるくらい、頼れる存在。

立川 正憲(たちかわまさのり)のプロフィール


大学院医歯薬学研究部 薬学域 教授

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